2年ぶりに沖縄へ 平和への誓いをあらたにする
 
▼ ひめゆりの塔
陸軍の地下壕の病棟で看護活動に当たっていた沖縄師範学校女子部・沖縄県立第一高等女学校生徒たちの最期は壮絶なものだった。
医薬品も食料も底をついたときに「解散命令」が出され,その後,壕に打ち込まれたガス弾で多くが亡くなった。外に出た者も海岸を逃げ惑い,銃撃されたり,自殺を図り,多くの若い命が失われた。
 
▼ 摩文仁の丘
1945年6月23日,この地で沖縄戦は集結した。20万人が命を奪われた。軍が沖縄の人々を守ることはなかった。(ごく一部の兵士をのぞいては)
平和の礎
丘より海岸を望む
草は焼き払われ,この海岸でも多くの民間人が殺された。

▼ 沖縄市長選「東門みつこ」選挙事務所訪問
見事当選
米軍再編に伴う基地機能強化に反対を訴え,立候補。
私たちが訪問した後,4月23日投開票が行われ,見事沖縄初の女性市長,国にもアメリカにもはっきりと基地はNOといえる市長が誕生した。
今回の参加者と
古河白山市議,若林県議,古田七尾市議
宮下県議,平田金沢市議,森金沢市議,山根県議
堂下志賀町議,盛本県議,東門候補,長田小松市議
 ▼ 辺野古で座り込み続行中
普天間飛行場の代替施設建設地としてあげられたキャンプシュワブ沖,ここから見渡せる水平線がすべて滑走路になるという案だった。文字通り命をかけて海を守る行動で建設の阻止をし続けている。しかし,米軍再編で,V字滑走路で名護市長は同意した。
もうどこにも基地はいらないのだ。海の環境を破壊し,騒音や事故の危険も大きくなることは必至だ。賛成派も反対派も本当はどちらも基地に来てほしくはないのだ。こうやっていつも環境と平和と地域が破壊されていくのだ。
 
▲ この有刺鉄線が米軍の敷地との境界 平和を求めるメッセージを書いたリボンが結びつけられている。
沖縄のおじい・おばあと共に海を守る青年たちがいる。その中の一人富田晋さんは辺野古での闘いを私たちに丁寧に語ってくれた。
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