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戦争は命・心・自然の破壊 
憲法改悪反対

スクラム喜望 沖縄平和の旅
2004年7月26日〜28日

 第二次世界大戦で,日本で唯一の地上戦が行われたこの地沖縄。
 戦跡や米軍基地を訪れ,平和への決意を新たにしました。



 ▲ひめゆりの塔 「いわまくら かたくもあらん やすらかに ねむれとぞいのる まなびのともは」
   平和祈念資料館は今年リニューアルされた。展示物や生存者の証言が戦争のなんたるかを強く訴えている。



 ▲摩文仁の丘 平和の礎   平和祈念資料館
   島の南端にまで追い詰められた島民がこの付近で爆撃を受けたり,自ら命を絶ったり,
  日本軍の虐殺にあったりするなど悲惨な結末を迎える結果となった。




 
▲嘉手納基地(道の駅「かでな」屋上より臨む)
   高いフェンスと緑地帯がとりまく米軍嘉手納基地。
   町の83%を基地が占めている。西太平洋最大の基地。
   F-15ファントムが頻繁に離陸していた。
   道の駅「かでな」の屋上は基地を臨む展望台,施設内には
   嘉手納基地の学習展示室がある。

 
  沖縄本土の25%が米軍基地,全国の米軍基地の75%が
  沖縄にある。基地問題,日米安保体制のひずみがここに集中して
  いる。


 ▼読谷村役場前の「憲法第9条の碑」
   全国の自治体で唯一読谷村が持つモニュメント
   平和が行政最大の目的であることを強く示している。






 ▼楚辺通信所(通称「ゾウのオリ」)
   米海兵隊施設,極東一帯の電波を傍受する。200m×30m
   土地の強制使用期限が切れ,2000年までの全面返還が合意され
  ているが,いまだ実現していない。




 ▲東南植物楽園                    ▲佐喜眞美術館
   2000種にのぼる熱帯植物              丸木位里・丸木俊 作の「沖縄戦の図」が展示されている。
   県の博物館相当指定を受けている。       館長の佐喜眞さんの説明を受けた。「もの想う空間」であった。


 
▼首里城
 14世紀に造営されたと考えられている首里城は,過去4回焼失している。4回目の焼失は1945年沖縄戦で米軍の集中砲火を浴びたときである。京都・奈良に次ぐ数の国宝もこのときすっかり失われた。首里は日本軍の重要な要塞であったため,最大の攻撃目標にされ,集中砲火を浴びることとなった。
 「首里城の復元なくして沖縄戦は終わらない」と語られ,多くの人々の尽力で復元が今も続いている。
 2000年,首里城跡を含む琉球王国の関連遺産が世界遺産登録された。



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