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 中学校選択制について思う
  県教組金沢支部機関誌「気流」より

現場にいるから,おかしいと感じることができる

盛本 芳久

 自分の行く中学校を選べることになった。学校は選ばれないと批判もされるし,肩身も狭いから,今よりいろいろ考えてがんばるだろう。だからどの学校も努力して,いい学校になっていく。子どもの学力も人格も高まるはずだ。少し逆説的に言うと,これが中学校選択制をやる根拠のようだ。

 もっともらしいし,理屈としては解りやすい。しかし,地域や学校の現場で子どもと関わっている人の多くが,「なにかおかしい」と言う。

それは,この制度の考え方の根本に,現場は信頼されていないんだなあと直感させる思想があるからだ。「教職員や保護者の多くが,子どもたちと一緒にいい学校づくりに奮闘し,すべての子のためにがんばっている。だから信頼して任せよう。行政は応援にまわります。」という姿勢が残念ながら感じられないのだ。そしてそのことが子どもたちにも同じように伝わるのではないかという不安である。

これからはその学校に通う中学生そのものが否応なく学校選択の判断材料の一部になっていくのである。一部ではなくほとんどかもしれない。選んで入学した直後から,暗黙のうちに我が校の名誉を背負って生活することを求められていく。文化やスポーツで華々しい成果をあげた生徒は一躍学校の広告塔となっていく。その逆に,「君の成績が悪いから平均が下がり,学校の評価まで下げていくのだ。」と圧力をかけられる子が出てこないとは言い切れない。

努力している生徒は誉めればいいし,サボっている生徒は叱って励ますことも当然必要だと思うが,表に現れる「成果」だけを見て,しかもそれを学校の評価と結びつけていくことは,無意味な優越感と劣等感を助長することになっていく。「優れた子」「いい子」がほしい,「できない子」「手のかかる子」はいらないと,はっきり言う先生はいないと思うが,自分はどっちにはいるのだろうと考える中学生や,小学6年生は確実に増えていくだろう。

そして,自分が大事にされていないと思ったときからそれは学校とはいえなくなってしまう。


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